私は天使なんかじゃない








パンドラの箱






  悪意は今、解き放たれて。





  陥落の炎に包まれたエイリアンの母船。
  撃ち倒したのは捕えられていた人類が乗っ取った、もう1つの母船。
  人類は長い間地球を監視し、干渉して来たエイリアンたちに対して堂々とその独立を宣言したのだ。
  だが……。

  あの時、地球に向けられたデス・レイ。
  仲間たちの機転と協力により危機は回避され、勝利を収めるに至った。
  ここで疑問が残るのだ。
  誰が、どうして地球に向けて撃ったのか。
  少し時間を遡ろう。





  ミスティたちが制圧した宇宙船。内部。
  デス・レイ・コントロールルーム。
  その部屋の足元は透過性の物質で構成されており、地球が見える。全面核戦争により灰色と化した地球が。

  ヴィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  その地球に降り注ぐ一条の光。
  デス・レイの一撃。
  出力25%。
  ここでの発射により、ブリッジでは攻撃も防御も不能状態となり、混乱した。
  それを演出したのは……。
  「人間どもめ」
  緑色の巨漢の存在。
  地球にいるスーパーミュータントと似て非なる、別の存在。
  エイリアンが人間を改造して作ったモノとも異なる。
  そう。
  それはエンジンコア、居住区と二度に渡りミスティたちによって倒されたあの異形の存在だった。一度目はミサイルランチャーで吹き飛ばされ、二度目は冷却グレネードを浴びて凍結、その
  直後にポールソンによって撃たれて粉々になったはずの化け物だった。どちらも同一であり、別個体がいるわけではない。
  「ナノマシンによる再生の限界が来ている」
  化け物は呟く。
  事実、体の一部が溶けかかっていた。
  融解しつつある。
  だが化け物はそれで構わなかった。
  何故?
  それは……。
  「復讐だ、復讐だ、復讐だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  雄叫び。
  化け物は自分のすべきことを達成した。
  デス・レイは地球に撃たれた。
  そして西海岸に降り注いだ。
  すべきことは理解していた。彼は自分がすべきことをしたのだ。

  どろり。

  融解の速度は速まって行く。
  エイリアンの母船からの攻撃、それを防ぐフィッツガルド・エメラルダの最大限までブーストした魔力障壁、反撃のデス・レイの一撃、だが彼にはもうどうでも良かった。
  どうでも良かったのだ。
  「のあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  そして崩れ去る。
  そこにはただ緑色の粘液が残っているだけだった。
  そこには……。








  ???

  「探査機を38送ったが、いずれも同じ結果だった。フィールドは消滅している、罠ではないだろう。200年振りに解き放たれたのだ」
  「確か?」
  「いずれにしても慎重に事を進める必要があるのではないですか?」
  「指示は下っている、従がうまでだ」
  「さあ、実験の始まりだっ!」








  クレーター・ウェイストランドと呼ばれる場所。
  かつて科学の最高峰と呼ばれた場所。
  だがそこは今では科学の墓場と化していた。誰も出ることも出来ない、狂った科学の発祥の地。

  Y-17医療施設。
  医療施設とはなばかりの牢獄。
  ……。
  ……いや。確かに医療は行われている、囚われた人間に対しての、人体実験という名の医療が。
  内部は鉄格子で無数に区切られ、プライバシーなど皆無の牢獄が立ち並ぶ。
  だがそこにはほとんど人はいなかった。

  ゆさゆさ。

  「起きろ」
  汚らしいジャンプスーツを着た男が、同じ服装の女性を揺する。
  赤髪の女。
  寝ているようだ。

  ゆさゆさ。

  「起きろ」
  「……何よ、ティータイムなら間に合っているから起こさないでほしいんだけど……」
  「ティータイムだぁ? 103号、今日からお前のことをティータイムと呼ぶことにするよ」
  「はあ?」
  女は苛立たしそうに手で男を払いのけ、起き上がった。
  髪をかき上げる。
  「夢、見てた」
  「夢?」
  「マッドな帽子屋が主催しているティータイムの夢。……で? 211号、今からティータイム?」
  「冗談はよしやがれ」
  「アタシは寝起きは悪いんだ、何の用よ?」
  「周りを見てみろ」
  「周り」
  しばらく周囲を観察してから女は呟いた。
  「まさか全員廃棄されちゃった? というかなんであんたがアタシの独房にいるのよ」
  「地震があったんだ」
  「地震? ……ああ。どうせイカれたロボット博士どもがX-7aレフトフィールド砲撃基地から砲撃して遊んでいるんでしょう? いつものことだわ」
  「振動が半端じゃなかった。その後、電気系統が潰れた。だから皆出れたんだ」
  「マッスル三兄弟も?」
  「全員だ」
  「確か前もあったよね、脱獄実験。わざと逃がしてこちらの行動パターンを探るってやつ。どうせフィールドがクレーター・ウェイストランドを覆っているんだ、ここピックエンプティから
  逃げられたって捕まってお終いさ。科学の墓場というか、アタシらの墓場なんだからさ」
  「お前はそれでいいのか? 元の生活に戻りたくないのか」
  「元の生活」
  女は笑った。
  楽しそうに。
  「戦いの衝動を抑えられるわけがない、そのようにされてしまったんだ」
  「それでもだ。何とか発散しながら、生きられるかもしれない」
  「そうだね」
  言葉が一度途切れる。
  211号と呼ばれた男は周囲をきょろきょろし、女に強い語調で言った。
  「こんなチャンスはもうない。セキュリティが来る前に逃げよう」
  「……」
  「103号っ!」
  「外に出たらアタシは賞金首になるよ。自分の首に自分で賞金懸けてさ、追っ手を蹴散らして衝動を抑えるのさ。NCRの法律では、賞金稼ぎを殺しても罪にならないからね」
  「好きにしろ。行くのか、行かないのか」
  「行くよ」
  「よし、じゃあ急ごう」
  「新しい名前も考えなきゃね、フォックス、そう、フォックスは入れたいね」
  「ティータイム・フォックスとか名乗れ」
  「殺すよ」
  「じゃあ、赤毛だから、レッド・フォックスとでも名乗れよ」
  「レッド・フォックス、か。悪くない」